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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)13109号 判決 1986年7月30日

原告

柄戸令子

右訴訟代理人弁護士

湯浅徹志

被告

朝日住宅株式会社

右代表者代表取締役

柏木正美

右訴訟代理人弁護士

永塚昇

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四四四万円及びこれに対する昭和五九年一一月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年一一月八日、不動産仲介業者である被告との間で不動産媒介契約を締結した(以下「本件媒介契約」という。)。

2  原告は、被告(取扱は上野支店)の仲介により、昭和五八年一一月八日、訴外太陽地所株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を代金一六〇〇万円で売買する旨の契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、同日、訴外会社に手付金三〇〇万円を支払い、被告に仲介手数料金五四万円を支払つた。

3  右売買契約においては、残金の支払は昭和五九年一月二五日と約定されていたが、原告は、昭和五八年一一月二九日、中間金として金三九〇万円を訴外会社に支払つた。

4  訴外会社は、昭和五九年一一月三〇日、手形の不渡りを出して倒産し、本件不動産については根抵当権者である訴外株式会社大生相互銀行(以下「訴外銀行」という。)により競売の申立がなされ、原告が本件売買契約によつて本件不動産の所有権を取得することは事実上不可能となつた。

5  被告は、本件売買契約を仲介するにあたり左の本件媒介契約上の債務不履行があり、原告に後記の損害を与えた。

(一) 被告は、本件売買契約締結当時、本件不動産が事実上訴外会社の所有、占有になく、他のものが所有管理していることを知りながら、これを原告に隠して、本件売買契約を締結させ、更に契約では昭和五九年一月二五日に登記手続と引換にすればよいことになつていたにもかかわらず、訴外会社が不渡りを出す前日に中間金として金三九〇万円を支払わせた。

(二) 本件不動産には、訴外銀行のために極度額金二億円の根抵当権が設定されていたのであるから、被告は、原告が売買代金を支払うことにより右根抵当権が抹消され、原告が完全な所有権を取得できるか否かを調査、確認すべき義務があるところ、これを怠り、何等確認もしないまま原告に本件売買契約を締結させた。

(三) 本件不動産には、昭和五八年一一月一五日付で訴外石野孝子のために賃借権設定の仮登記がなされており、このことは登記薄謄本をとつて確認すれば容易に知りえたのに、被告はこれをなさず、同月二九日、中間金の支払を原告にさせた。

6  原告は被告の債務不履行により、訴外会社に支払つた手付金三〇〇万円、中間金三九〇万円、被告への仲介手数料金五四万円の合計金七四四万円の損害を受けたところ、訴外会社が加盟していた社団法人全国宅地建物取引業保証協会から金三〇〇万円の支払を受けた。したがつて、原告の損害はこれを控除した残金四四四万円である。

7  原告は、昭和五九年一一月二二日到達した本件訴状をもつて、被告に対し本件媒介契約を解除する旨意思表示した。

8  よつて、原告は被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として金四四四万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五九年一一月二三日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、訴外銀行が本件不動産の競売を申し立てたことは認めるが、その余は争う。

5  同5の(一)の事実は否認し、(二)、(三)の主張は争う。被告は、後記のとおり不動産仲介業者としての注意義務は尽くしており、売主たる訴外会社の倒産は被告にとつて予期しえないものであり、これによつて原告が損害を受けたとしても被告の責任ではない。

6  同6の主張は争う。

三  被告の主張

1  被告の注意義務について

(一) 被告は、本件不動産を原告に媒介するにあたり、不動産仲介業者としてなすべき、権利関係、確認をなし、重要事項の説明をして、誠実に仲介しているのであり、原告は、本件不動産に根抵当権が設定されていることは十分承知のうえで本件売買契約を締結した。また、被告は、訴外銀行に売買代金が金一六〇〇万円でも本件不動産の根抵当権は抹消されることを確認しており、本件売買契約を仲介したことに何等の注意義務違反はない。

(二) 原告は、中間金の支払を被告がさせたかのような主張をするが、これは事実に反するのであり、実際は、昭和五八年一一月二八日ころ、原告のほうから被告に対し、同年中に本件不動産に転居したい旨申し出たため、原告の希望を訴外会社に伝えたところ、訴外会社が中間金の支払をすれば入居してもよいと言つたため、原告は進んで中間金の支払をしたものであり、被告は右支払いに立ち会つたにすぎないのである。したがつて、右時点において被告に本件不動産の権利関係を調査すべき義務はなかつたものである。

(三) 訴外会社は、本件不動産を含む「サンクレスト浅草」の建築、分譲を行つたが、これには全体で二億円の根抵当権が設定されていたものの、分譲販売される毎に権利者である訴外銀行が当該分譲マンションの根抵当権を放棄して抹消してきており、訴外会社の説明では残代金の支払いにより本件不動産の根抵当権は間違いなく抹消できるとのことであり、被告担当者が訴外銀行に確認したところでも、売買代金が金一六〇〇万円であるなら本件不動産の根抵当権も抹消されるとのことであつた。本件では、結局訴外会社の資金繰りがつかずに訴外銀行の根抵当権が抹消できず、訴外会社が本件売買契約の履行をしえなくなつたが、これは単に訴外会社の債務不履行というにすぎず、訴外会社の資産状況を調査すべき義務は仲介業者にはないし、訴外会社の連帯保証人でもない被告が訴外会社の債務不履行のために責任を負わなければならないということにはならない。

2  過失相殺

仮に何等かの責任があるとしても、中間金の支払は前記のように原告が当初の契約を変更して、昭和五八年中に本件不動産に入居したいと要求したことによるもので、その支払による危険性は原告自ら承知していた。即ち当初の契約のように登記手続と引換に残金を支払えば中間金支払による損害は生じなかつたものであり、これをしなかつた原告自身にも過失がある。

3  損益相殺

原告は、昭和五八年一二月以降現在に至るまで本件不動産に居住しているが、訴外会社に対しては、本件の確定判決があるため賃料相当損害金の支払を免れている。これによる利益は少なくみても一か月金一五万円を下らないから合計金四五〇万円を下らない。したがつて原告の損害から右金四五〇万円を控除すると損害はないというべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)ないし(三)の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。仮に転居を申し出たのが原告であつたとしても原告に中間金の支払をさせるにあたつては本件不動産の権利関係等を調査すべき義務があつた。

3  同3の主張は争う。原告が被告主張のように本件不動産に居住しているのは事実であるが、右は被告や訴外会社の行為とは全く関係がなく、損益相殺すべきものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一原告は、昭和五八年一一月八日、不動産仲介業者である被告との間で本件媒介契約を締結したこと、右同日、原告は被告の仲介により訴外会社から本件不動産を金一六〇〇万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結し、金三〇〇万円を訴外会社に支払い、被告には仲介手数料金五四万円を支払つたこと、本件売買契約では残金の支払は昭和五九年一月二五日と約定されていたこと、原告は、昭和五八年一一月二九日、訴外会社に金三九〇万円を支払つたこと、本件不動産については根抵当権者である訴外銀行より競売の申立がなされていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二次に右争いのない事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、証人松田信夫、同長久保要二郎の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

1  訴外会社は、不動産の仲介や建物の建築販売等を業としていた会社であるが、昭和五六年二月に土地を取得し、本件不動産がその一部となつている分譲マンション「サンクレスト浅草」(五階建、全部で一九戸)を建築し、同年一二月ころから販売を始めた。訴外会社は、右マンションを逐次販売して、昭和五八年二月までに一七戸を販売したが、二戸が売れ残つた。右マンションの各戸及び敷地には訴外銀行を権利者として全体に極度額金一億五〇〇〇万円(後に極度額金二億円と変更される。)の根抵当権が設定されていたが、各マンションが販売され、買主に所有権移転登記がなされる時点で、当該マンションの根抵当権は抹消されてきた。訴外会社は、「コンクレスト浅草」の売れ残つた二戸(うち一戸は本件不動産の四〇二号室、他の一戸は四〇四号室)については、二戸のみで宣伝活動するのは割に合わないとして、被告に売却方の仲介依頼をした。

2  原告は、それまで貸しアパートに住んでいたが、自己所有のマンションを購入すべく、古くからの知人である訴外松田信夫(以下「訴外松田」という。)に頼んで適当なマンションを探していたが、昭和五八年一一月三日ころ、右松田と被告上野支店に訪れた際、同支店の営業員である訴外長久保要二郎(以下「長久保」という。)、醍醐秀親営業課長(以下「醍醐課長」という。)の両名から本件不動産を紹介された。本件不動産は訴外会社が当初金二〇六〇万円で売り出していたものであるが、売れ残りということで販売価格を金一七六〇万円に下げて売り出したものであるため、お買い得の物件として紹介された。原告らは、長久保の案内で本件不動産を見たが、その日はそのまま帰つた。

3  二、三日後、訴外松田は、電話で本件不動産を金一五〇〇万円で買いたいので売主との間で価格の交渉をして貰いたい旨被告会社に連絡した。その際に訴外松田の提示した条件は一二〇〇万円は現金で、三〇〇万円は訴外会社のローンでというものであつたが、被告会社が訴外会社に打診したところ、訴外会社は右条件では販売できないと拒絶した。その結果を醍醐課長から聞いた訴外松田は、次に手付金六〇〇万円出すから金一五〇〇万円にするよう交渉を醍醐課長に依頼したため再度醍醐課長が訴外会社と交渉したところ、訴外会社の担当者である訴外八尾板能茂営業課長(以下「八尾板課長」という)は、本件不動産に設定されている訴外銀行の根抵当権を抹消するためにはどうしても一六〇〇万円は必要なので一六〇〇万円以下にはならない旨醍醐課長に説明した。この説明を醍醐課長が訴外松田にそのまま伝えたところ、訴外松田は右説明を了解し、金一六〇〇万円で手付金を三〇〇万円、残金一三〇〇万円は昭和五九年一月二五日に現金払いということで買いたい旨申し出、これを被告会社が訴外会社に取り次いだところ、訴外会社もその条件でよいということになり、昭和五八年一一月八日、売買契約を締結することにした。醍醐課長は、同月七日、念のため訴外銀行東久留米支店の融資係りに本件不動産の売買について売買予定価格を告げ、右売買価格で本件不動産に設定されている訴外銀行の根抵当権が抹消できるかどうかを尋ねたところ、訴外社に対する貸付残高を明らかにされることはなかつたが、まあ大丈夫であろうとの返答を受けた。

4  昭和五八年一一月八日、被告上野支店の事務所に、売主側は八尾板課長、買主側は訴外松田が来て、本件売買契約がなされた(なお、本件不動産の買主は原告であるが、訴外会社や被告会社との交渉は全て松田が行い、金銭の支払も全て訴外松田によつてなされている。)。右契約に仲介者として立ち会つたのは醍醐課長と長久保であるが、醍醐課長らは、右契約締結に先立ち、重要事項説明書(甲第一号認)、不動産登記簿抄本及び謄本(いずれも作成日付は昭和五八年一一月七日、甲第七号認の一、二)を訴外松田に交付して、本件不動産の権利関係等を説明した。その際、本件不動産に設定されている訴外銀行の根抵当権について訴外松田から疑問が出されたが、八尾板課長から代金完済時に右根抵当権を抹消して所有権移転登記をすることになつているとの説明を受け、訴外松田は納得した。また、訴外松田は、当日になつて代金のうち金六一〇万円は住宅金融公庫のローンを利用したいと申し出たが、八尾板課長は、これを了承した。住宅金融公庫のローンを利用するためには、同公庫に最優先の抵当権を取得させるために同公庫の貸出前に訴外銀行の根抵当権を抹消する必要があつたため、醍醐課長が大丈夫かと八尾板課長に確かめたところ、八尾板課長は大丈夫である旨答えた(なお、「サンクレスト浅草」の分譲を受けた者の多くは住宅金融公庫の融資を受けている。)。本件売買契約上では、昭和五九年一月二五日の残代金支払完了時に所有権移転登記手続をし、かつ引き渡すということにされたが、訴外松田から昭和五八年中でも残代金の支払を完了すれば所有権の登記移転と引渡は可能かとの質問があり、八尾板課長は代金支払が完了すれば可能である旨答えた。本件売買契約が締結されたため、訴外松田は、同日、八尾板課長に手付金三〇〇万円を支払い、被告会社には、本件媒介契約上では所有権移転登記時に支払うとされていたにもかかわらず、よいマンションを紹介してくれたからと進んで、仲介手数料金五四万円を支払つた。

5  原告の借りていたアパートの契約期間は、昭和五八年一二月末日で終了するため、原告は、同年中に本件不動産に転居したいと考え、同年一一月二八日、被告会社に年内に入居したいと電話で申し入れた。これに応対した被告会社の長久保は、代金の支払が済まないと入居は無理だと思うと言つたが、原告が年内の入居を強く希望したため、訴外会社の八尾板課長にこのことを伝えたところ、八尾板課長は、中間金として原告が四〇〇万円を払つてくれれば入居してもよい旨答えた。そこで折り返し、長久保が原告方に電話したところ、訴外松田が出たため同人に訴外会社の意向を伝えたところ、同人は三九〇万円なら支払うので入居できるよう本件不動産の掃除をしてくれと答えた。

6  そこで八尾板課長は、翌二九日、長久保に手伝つて貰って本件不動産の掃除をし、夕方、訴外松田の事務所に立ち寄つて同人から中間金として金三九〇万円の支払を受け、八尾板課長は本件不動産の鍵を訴外松田に渡した。

7  同年一二月一日、八尾板課長から被告会社に訴外会社が同年一一月三〇日に不渡りを出した旨の連絡が入り、このことは長久保によつて直ちに原告側に伝えられた。訴外松田は、偶々新潟へ行つていたが、一二月四日ころ、上京し、被告側と善後策を協議した。その時点で不動産登記簿謄本をとつて調べたところ、本件不動産の建物には同年一一月一五日付で訴外石野孝子を権利者とする賃借権設定の仮登記がなされていることが分かり、とりあえず一刻も早く本件不動産に入居していた方がよいということになり、原告は、同月五日ころ、本件不動産に入居した。訴外松田が調べたところ、右仮登記は訴外会社の債権者の一人がつけたものと分かり、訴外松田は右債権者に頼んで右仮登記上の権利を譲り受けた。

8  「サンクレスト浅草」のもう一戸の売れ残りマンションである四〇四号室も、同年一一月一四日、被告の仲介で販売されたが、訴外会社が不渡りを出した後の同年一二月一二日、被告会社の斡旋により訴外会社が買主に手付金一〇〇万円を返還することにより合意解除されている。

その後、昭和五八年四月になつて、訴外銀行の根抵当権により本件不動産には競売手続が開始され、現在その手続は進行中である。訴外会社は、事実上倒産しており、本件売買契約を履行できる状態になく、原告は、訴外会社に対し本件売買契約を解除して、損害賠償金七四四万円の確定判決を取得している。また、原告は本件不動産を現在も占有使用しているが、勿論訴外会社に賃料等は支払つていない。

三原告は、訴外会社の倒産により同社が本件売買契約を履行できなくなつたことにより原告が訴外会社及び被告に支払つた合計金七四四万円が損害となつたが、右は被告の本件媒介契約上の債務不履行によるものであると主張するので、以下判断する。

まず、原告は、本件売買契約当時、本件不動産が事実上訴外会社の所有、占有になく、他のものが所有管理していたと主張し、かつ、被告会社はこのことを知つていた旨主張する。しかしながら、右主張事実については本件全証拠によるもこれを認めることができない。被告は、本件売買契約を仲介するにあたり、原告及び訴外松田に本件不動産の権利関係等を重要事項説明書や不動産登記簿謄本等を交付したうえで説明しており、原告らに訴外銀行の根抵当権の存在等も告知していることが認められ、不動産仲介業者としてなすべき一応の事柄はなしているものということができるところ、被告が説明したことが不実であつたり、あるいは被告が重要な事実を隠して本件不動産を原告に媒介したことについては、これを認めるに足る証拠がないのである。

四次に、原告は、本件不動産には訴外銀行のために極度額金二億円の根抵当権が設定されていたのであるから、買主である原告が売買代金を支払うことにより右根抵当権が抹消され、原告が完全な所有権を取得できるか否かを調査、確認すべき注意義務があるのに、被告はこれを怠り何等確認もしないまま本件売買契約を締結させた旨主張する。しかして、本件不動産には訴外銀行を権利者とする根抵当権が設定されており、右根抵当権の実行により原告が本件売買契約によつては本件不動産の所有権を取得することが事実上不可能になつたことは、前記認定の事実により認めることができる。

そこで、原告が右主張する注意義務を被告が負つていたか否かについて判断するに、不動産の仲介を委託された不動産仲介業者としては、委託の本旨に従い、善良な管理者の注意義務をもつて、誠実に仲介事務を処理すべき義務があるものというべきであるから、重要な事項について故意に事実を告げず、あるいは不実のことを告げるようなことがあつてはならないのは勿論である。したがつて、不動産仲介業者が、契約当事者が契約を明らかに履行できないことを知つていた場合等には、これを告げず仲介するようなことは、媒介契約上の義務に違反するものといわざるをえない。しかしながら、一見して履行を困難ならしめるような事情が現れている場合は格別、そのようなことが窺われない場合に、進んで契約当事者が契約を履行できるか否かまで調査すべき義務は不動産仲介業者にはないというべきである。本件では売買対象不動産に二億円の根抵当権が設定されていたので、更に検討するに、前記認定のように訴外銀行の根抵当権は「サンクレスト浅草」の一九戸全部についていたものであり、一七戸分については訴外会社が分譲販売する毎にその都度抹消されていたのであるから、マンション一戸で二億円が担保されていた訳ではなく、概ねその一九分の一が担保されているものと考えるのが相当であるから、本件不動産に訴外銀行の二億円の根抵当権が設定されていたことをもつて、とりわけ訴外会社の資力を疑わせるものとは言い難い。他に本件売買契約締結当時、訴外会社の履行が困難であることを疑わせる事柄が存在したことについては、本件全証拠によつても認めることができない。したがつて、代金完済時に根抵当権を抹消して所有権移転登記をするとの訴外会社の説明を信用してそれ以上に訴外会社の資力等を調査しなかつたとしても、これをもつて被告に媒介契約上の債務不履行があるものということはできない。この点についての原告の主張は採用し難い。

五原告は、被告は原告に昭和五八年一一月二九日、中間金として金三九〇万円を支払わせているが、既に同月一五日付で本件不動産に賃借権設定の仮登記がなされており、このことは登記簿謄本をとつて確認すれば容易に知りえたのにこれをしなかつたのは本件媒介契約上の債務不履行である旨主張する。

しかしながら、前記認定したところによれば、右中間金は被告が進んで原告に支払わせたものではなく、原告が契約上の代金完済時以前に本件不動産に入居することを希望した結果、訴外会社と原告らが折り合つたうえで決めたことであつて、前日の二八日の中間金の支払を合意して二九日にはこれを支払つているのである。被告が右合意の取り次ぎをしているのであるが、右は本件媒介契約上の事務として行つたものとは認め難く、右取り次ぎをするにあたつて、被告が不動産登記簿を調査しなかつたとしてもこれをもつて本件媒介契約上の債務不履行ということはできない。なお、証人松田信夫の証言中には、原告は本件不動産への入居時期を早めることを希望したことはなく、中間金の支払は訴外会社や被告会社から一方的に出たことであるとの部分があるが、そうだとすれば、中間金の支払は契約にないことであつて原告に不利な事柄であるから、これに即座に同意し、すぐに金三九〇万円も支払つた原告らの態度は説明できないのであつて、右証言部分はにわかに措信できないのである。したがつて、原告の右主張も採用できない。

六以上のとおり、被告に本件媒介契約上の債務不履行があるとする原告の主張はいずれも肯認し難いので、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく失当といわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大  弘)

別紙物件目録

一 東京都台東区浅草五丁目三〇八番一

宅地 二五八・一一平方メートル

持分 七九九・二二六分の四〇・五〇

二 (一棟の建物の表示)

所在 台東区浅草五丁目三〇八番地一

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階五階建

床面積 一階 一八一・五二平方メートル

二階ないし四階 一七七・八一平方メートル

五階 一四六・八九平方メートル

地下一階 一七・六〇平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 浅草五丁目三〇八番一の一五

建物の番号 四〇二

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 四階部分 三七・三四平方メートル

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